2007年02月04日

生きながら死ぬ

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映画好き、アニメ好き、歌舞伎好き、文楽好き、能楽好き。

そんな普通の私が、パペットアニメーションに出会って、日本の古典をやってみたいと思ったのは、自然の流れ・・・と果たして云っていいものなのか・・・。

本屋で偶々見付けた『人間国宝』。故吉田玉男氏の曽根崎心中の表紙を見た途端に手に取っていました。

ちょっと久し振りに何かを一生懸命にやってみようと思っています。少しでも伝統芸能を知るキッカケになりゃしないかと。YouTubeとかで世界中の人に観てもらえたらいいなと。とは云っても、今のところ、どういうタグを付ければ、検索して貰えるのかサッパリ検討もつきませんが。(苦笑

日本の魂を伝え続けているんでしょうね、日本伝統芸能って。

そして、どんな国でも芸って言うものは、人間の心を伝え続けているんだなぁ〜と。

もう、ハナからバトンタッチするために生きているようなもんだよな、なんてことを数日前、どんなシナリオにしようか湯船につかりながら考えていたら、昨日見付けた『人間国宝』。

最後のページ、詩人・高橋睦郎氏のエッセー。その中の一文。<人間の運命の形代。最も人形らしい人形の役柄>が死なずに尼になってお染・久松の菩提を弔うお光。死んでいくお染・久松になって死ぬ。そして、生きながら死ぬお光という役に入り込んだ時、人は何をみるのだろうか。

ずっと伝わり続けているはずのことが、どんどん薄くなっているのか?それとも、満ちる前の引き潮なのか・・・。

何だか不思議なもんで、今はやってみることしか頭にない。やって当然のように感じている。単に、思い込んでいるだけなのかも知れないけれど。

死んでみようと思ふ。


posted by TAKE at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 文楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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